東京高等裁判所 昭和49年(う)2193号 判決 1978年3月28日
主文
原判決中、被告人らに関する部分を破棄する。
被告人楢村を禁錮八月に、同横山を禁錮四月に各処する。
本裁判確定の日から被告人楢村に対し二年間、同横山に対し一年間右各刑の執行を猶予する。
原審における訴訟費用中、別紙証人目録記載の各証人に支給した分の六分の一ずつ、及び当審における訴訟費用の二分の一ずつを被告人らの負担とする。
理由
本件控訴の趣意は、弁護人藤本猛提出の控訴趣意書に記載のとおりであり、これに対する答弁は、検察官笹岡彦右衛門提出の答弁書及び同村上格一提出の答弁補充書に記載のとおりであるから、ここにこれらを引用する。
一、控訴趣意第一の一に、被告人らは、本件サウナ風呂の共同研究開発及び製作者ではない旨主張する点について
所論に鑑み、記録並びに当審及び原審取調べの証拠を検討すると、なかんずく、被告人ら及び原審相被告人らの捜査官に対する供述調書及び原審における供述記載並びに原審証人横川和一の供述記載によれば、(1)原審相被告人増田俊男は、かねてからサウナ風呂に興味を持ち、これをどこへでも簡易に設置できる組立式のものにして製造、販売することを研究していたが、昭和四〇年、同人が杉本正一に依頼しておいた試作品の設計ができ上つたころ、杉本の紹介で原判示木材乾燥工業株式会社(以下、単に木材乾燥という)にその製作を依頼し、木材乾燥では被告人らをその担当者として試作品を製作し、同年夏ころ、二回にわたつて断熱効果の実験を行なつたが、思つたとおりの成績を上げることができなかつたこと、(2)右実験の後、杉本はやがて手を引くに至つたが、被告人ら木材乾燥側担当者と増田をはじめ同人の勤務する原判示日高産業株式会社(以下単に日高産業という)側担当者らは、その後も杉本の設計図を土台として意見をのべ合い、断熱効果にすぐれた材質と構造を研究し合い、試行錯誤のうえ、後に市販することとなつた原判示のごとき材質及び構造のものが適当であるとの結論に達し、試作品を製作して実験する運びとなつたが、右試作品は当初の杉本の設計とはかなり異なるものとなつてしまつており、増田の表現をかりれば、四角な箱と組立式という点を除けば、他は杉本の設計と違つていたというものであつたこと、(3)右試作品の製作費用は、木材乾燥が支出したこと、(4)右試作品につき入浴実験を行なつたところ、サウナ室内の温度上昇に好成績を収めたので、これを基礎に量産化の方針を決定し、同年秋ころ、日高産業・木材乾燥間において、床面積一坪のA型及び同一・五坪のB型サウナの製作、販売に関する契約を締結し、木材乾燥は右各型のサウナ風呂をあらかじめ量産して保管し、日高産業がこれを販売すると同社の指図により出庫することとされたこと、(5)翌四一年初めころ、サウナ風呂の美容院等への販路拡張のために、従来のものより小型のものを開発することとなり、木材乾燥からは被告人らが、日高産業からは増田のほか原審相被告人河本尚登らが出て話合つた結果、床面積〇・七坪のC型を製作することとされ、その製作、販売の方法はA型及びB型の場合に準ずることとされたこと、(6)C型についての当初の話合いでは、単にA型を小型化したものという単純な考え方だつたので、電熱炉もA型のものより小さい三キロワツト時で十分と考え、ベンチの高さもこのヒーターに合わせて六三センチメートルとすることとして、木材乾燥では量産化に入り、一〇台を製作したこと、(7)その後、右サウナ室に三キロワツト時の電熱炉を設置して実験したが、思うように室内温度が上がらなかつたので、被告人らをはじめ、前記増田、河本、原審相被告人船迫二郎らが協議の末、C型にもA型と同じく四キロワツト時の電熱炉を取付け、また、その後の製作分についてはベンチの高さをA型と同じく八二センチメートルとすることとされたが、右協議の際、既製作分一〇台のベンチの高さを改造することについては話合われた形跡はなく、既製作分については、そのまま販売することとなつてしまつたこと、(8)かくして、本件出火の原因となつたC型サウナが販売された際、ベンチの高さ六三センチメートルのものに四キロワツト時の電熱炉を設置したものが出庫されてしまつたことが明白である。
右の経緯に鑑みれば、被告人らは本件サウナ風呂の研究開発にかなり初期の段階以来一貫して共同関与し、また、その製作にあたつた者であることが明白で、所論のごとく木材乾燥を単なる日高産業から製作の下請をしたにすぎないもの、被告人らを社命により右下請の作業に従事したにすぎない者とみるのは失当であり、当審取調べのサウナハウス保証書に製造者として木材乾燥が表示されていない一事をもつてしては、右をくつがえすに足りないから、論旨は理由がない。
二、同第一の三、四に、被告人らは、本件サウナ風呂の電熱炉の決定、製造、取付に関与せず、なかんずく、C型サウナ風呂に四キロワツト時の電熱炉が設置された事実を認識せず、また、ベンチの高さの決定、ベンチの内側の石綿板の取付は、すべて日高産業の指示に従つてなしたものにすぎず、右構造に関し、被告人らには責任がない旨主張する点について
所論に鑑み、記録並びに当審及び原審取調べの各証拠を検討すると、電熱炉の製造に被告人らが関与していない点は所論のとおりであるが、そのいかなるワツト数のものを本件サウナ風呂のいかなる場所に設置するかの決定、ベンチの高さの決定などに被告人らが共同関与したことは前記一のとおりであるから所論は理由がなく、また、石綿板の取付が日高産業の指示によるものであることは所論のとおりであるが、被告人らには他に後記判示のごとき過失(結局は、原判示過失と同じである)があり、これが出火の原因となつている本件においては、右所論の点もいまだ被告人らの刑責を左右するものではない。
よつて、論旨は結局理由がない。
三、同第一の五に、木材乾燥においては、社長の横川和一が指示、命令したことの責任を負うべきものであつても、被告人らはこれを補佐したものにすぎず、責任を負うべきものではないとの主張について
所論に鑑み、記録並びに当審及び原審取調べの各証拠を検討すると、なかんずく、前記一掲記の各証拠によれば、木材乾燥においては、被告人らが担当者として日高産業側担当者らと話合つて本件サウナ風呂の構造などを決定し、現場の大工らを指揮して製作にあたつていたこと、及び横川和一は、この件に関しては被告人らに委せ切つており、試作品の入浴実験等には立会つたことはあるが、所論のごとく率先して指示、命令はしていなかつたことが明白であるから、論旨は理由がない。
四、同第一の二に、原判決が「長期間にわたる電熱炉の加熱により木製ベンチが漸次炭火して無〓着火する危険が予想された」旨判示する点の事実誤認を主張し、被告人らには右危険の予想もなければ、これを予想すべき可能性もなかつた旨主張する点について
所論に鑑み、記録並びに当審及び原審取調べの各証拠を検討すると、なかんずく、被告人楢村の検察官に対する昭和四五年六月五日付、被告人横山の検察官に対する同年六月三日付、原審相被告人増田の検察官に対する同年五月二八日付、同河本の検察官に対する同年五月二九日付及び同年六月四日付、木村繁次の検察官に対する同年六月五日付各供述調書によれば、被告人らが本件C型サウナを開発する以前の昭和四〇年一一月ころ、前記一の経緯で被告人らが製作し、東京小岩の天寿堂に納入してあつたA型サウナにつき、こげ臭いという苦情があり、日高産業の右河本がその現場に赴いて見分したところ、電熱炉附近の木部がこげており、素人目にもよくこれまで燃えなかつたものだと感じられるほどの状態であつたので、帰社して増田にその旨報告し、増田から木材乾燥に連絡をとつた結果、被告人楢村の指示により被告人横山が大工の木村繁次を修理に行かせたことがあつたことが明らかであり、その他関係各証拠によれば、右事件を契機として、その後に製作するサウナについては、防火のため、素人だけの考えから電熱炉の周辺の木製ベンチの内側の一部に石綿板をはりつけることとし、その後に開発、製作された本件C型サウナについてもこの方式がとられたこと(しかしながら、原審第八回公判調書中証人〓本孝一の供述記載によれば、右のごとく石綿板をはりつけた措置は、防火上有効ではなかつたというのである)が明らかであつて、これらの事実にてらせば、昭和四一年以降に開発された本件C型サウナの製作当時、被告人らにおいては、長期間にわたる電熱炉の加熱によりその木製ベンチ部分に火災が発生しうる危険があることにつき、少なくとも予見可能性があつたものといわなければならないが、更にすすんで、被告人らが、その火災発生に至る過程について原判示のごとく木製ベンチの漸次炭火による無〓着火であることまで予想したか否かについては、被告人らがこれを予想したことを認めるに足りる直接証拠はないばかりか、その他関係各証拠、なかんずく、原審第八回公判調書中の証人〓本孝一の供述記載、当審証人岡本政夫、同斎藤美鶯の各供述、当審取調べの日本建築学会編集「建築学便覧」(昭和三一年一二月発行)中に登載された序文、同「建築学便覧の編集にあたつて」という文章、同「防火工学原論」という論文、建築学会発行「建築学会論文集(第一六号)」(昭和一五年二月発行)中に登載された濱田稔、平山嵩共著の「木材の加熱による出火の可能性に就て」という論文、「建築学大系」全二一巻(昭和三一年初版発行)中に登載された「建築防火論」という論文、日本火災学会発行「火災(第二巻第三号)」(昭和二八年発行)中に登載された斎藤平藏著「木材の加熱による出火の可能性」という論文、同「火災(第四巻第一号)」(昭和二九年発行)中に登載された秋田一雄著「木材の着火機構」という論文などを検討しても、右無〓着火の原理は本件C型サウナの製作されるよりかなり以前から火災に関する専門学者の間に知られ、また、建築の研究ないし実務にたずさわる者に対しても、その知識の普及につとめられており、これらの者にとつては、原判示無〓着火の危険を予想することは可能であつたとまでは言いえても、その他の者に対しては右知識が普及されていたとは言い難く、このことは被告人らのごとき木材関係の仕事に従事する者にとつても同様であつて、木材関係の研究ないしは出版においてこれが詳しくとりあげられたこともなく、通常の状態において被告人らが無〓着火についての知識を得られると認めるべき形跡はなく、したがつて、被告人らにおいて、本件C型サウナの製作当時、その木製ベンチが長期間にわたる電熱炉の加熱により無〓着火する危険を予想する可能性があつたとは認め難く、原判決はこの点において事実を誤認したものといわざるをえず、これは原判示の被告人らの注意義務の前提となる事実についての誤認であり、判決に影響を及ぼすべきことが明らかであるから、論旨は理由がある。
よつて、その余の論旨について判断するまでもなく原判決は破棄を免れないから、刑訴法三九七条一項、三八二条により原判決中、被告人らに関する部分を破棄し、当審において訴因の変更があつたので、同法四〇〇条但書により被告事件について更に判決をする。
(罪となるべき事実)
原判決理由中の判示「罪となるべき事実」一、中「長期間にわたる電熱炉の加熱により右木製ベンチが漸次炭火して無〓着火する危険が予想されたから」とある部分を「長期間にわたる電熱炉の加熱により右木製ベンチ部分に火災が発生しうる危険が予想されるから」
と改めるほかは、原判示「罪となるべき事実」中被告人らに関する部分のとおりであるから、ここにこれを引用する。
(証拠の標目)(省略)
(法令の適用)
被告人らの判示所為中業務上失火の点は刑法一一七条の二、一一六条一項、一〇八条、罰金等臨時措置法三条に、業務上過失致死の点は刑法二一一条前段、罰金等臨時措置法三条に各該当するが、右は一個の行為にして数個の罪名に触れる場合であるから、刑法五四条一項前段、一〇条により、何れも重い栗林行雄に対する業務上過失致死罪の刑をもつて処断することとし、その所定刑中禁錮刑を各選択し、右所定刑期範囲内で被告人楢村を禁錮八月に、同横山を禁錮四月に各処し、同法二五条一項により被告人楢村に対し二年間、同横山に対し一年間右各刑の執行を猶予し、当審及び原審の訴訟費用については刑訴法一八一条一項本文により主文末項掲記のとおり被告人らに負担させることとする。
よつて、主文のとおり判決する。
(別紙)
訴訟費用関係証人名簿(目録)(省略)